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無意識の研究とフロイトとの交流

「連想実験」の研究を通じて、フロイトとは独立に無意識の力動構造を見出したユングは、無意識の動力学構造を利用して、精神分裂病の治療が可能ではないかとの展望を抱いた。しかし、無意識の心理現象については未知の部分が多すぎ、ユングが学んだ正統的なドイツの精神医学には、無意識の研究は存在していなかった。
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しかし在野の心理療法家と呼ばれていた人たちのなかには、無意識の心理現象に詳しい者が多く、ジャネもまた、心理療法家として無意識の力動理論を唱えていたのである。当時においては、ウィーンのジークムント・フロイトが、無意識の心理学と心理療法理論において名声をあげつつあり、ユングはフロイトから多くのものを学ぶことができると考え、他方、連想実験の研究ですでに無意識の研究家としての地位を得ていたユングと親交を結ぶことは、フロイトにとっても非常に意味と価値あることであった。

また、当時のドイツ・スイスの精神医学界において、ジークムント・フロイトを評価し、精神分析を肯定的・積極的に承認したのはオイゲン・ブロイラーであったことも重要である。ユングはチューリッヒ大学精神科の講師であり、ブロイラーの後継者候補として有力な立場にあった。精神分析へのユングの接近は、ブロイラーの承認を得たもので、更に、ブロイラーはそのようなユングに期待したとも言うべきである。
こうしてユングはフロイトより精神分析を学び、フロイトの持っていた無意識についての豊富な知見を学ぶと共に、無意識の構造やその力動について、徹底的な議論を交わした。後にユングは『自伝』に記しているが、フロイトの無意識理解には限界があった。それはフロイトの弟子たち、追随者、共同研究者たちにも同様に言えた。ユングの主題であった、精神分裂病の力動を、フロイトの理論では解読できなかったし、治療法の指針もまた提示できなかったからである。

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2009年06月08日 11:54に投稿されたエントリーのページです。

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